さ行

シウリザクラ

サクラの仲間では最後に咲くシウリザクラ。
試験管ブラシ状に咲く清楚な白い花がもうすぐ咲きますね。
シウリザクラの「シウリ」は、アイヌ語のシウニ「siw-ni(苦い・木)」が由来だと言われています。果実は熟すと黒色になり、口に入れると甘味と少々の苦さがありました。アイヌの人たちはこの木で槍や仕掛け弓などを作りました。また、病気になったときは、この木でお守りの御幣(イナウ)を作った地方もあったそうです。
花の咲いている期間は一週間ほど。
競って咲き出す花たちを追いながら過ごすのもステキですね。

地震

たびかさなる災害に胸がふさがる思いですが、災害対策を検討する上で過去の災害履歴を語るアイヌ語地名や、口碑伝説は重要な情報だそうです。
アイヌ語では地震の事をシシモイ「sir-si-moye(地・自分・を動かす)」と呼び、伝説では、「国造りの神が大アメマスの背中の上に大地を造ったため、下にいるアメマスがくたびれて動くので地震が起こる」のだとか。屈斜路湖の中島の下には巨大アメマスが起こす地震の伝説があり、美留和山はペケヌプリ(裂けた山)で、がけ崩れが起こりやすい地名だそうです。
アイヌの人たちは地名や伝説で災害が起こりやすい場所を残していたのですね。

セイヱロ子

1858年、武四郎6度目の蝦夷地調査は内陸でした。釧路川筋は弟子屈から釧路まで舟で二日間。もちろん案内人はアイヌ民族で、見聞きした地名や解釈、動植物などを細かく記録しています。
シラルトロ湖まで下ったときに「セイヱロ子」という地名を記録し、次のように書いています。「是大川の名也。…其地名の訳は川の底に貝が多く有ると号しよし」
「セイヱロ子」はセイイロンネで語分解は「sey-ironne(貝・厚い)」でしょう。
シラルトロ湖の散策路、蝶の森の南側に当たる場所のようです。
アイヌの人たちは、ここで食料となる貝を採ったのでしょうか。
以前、シラルトロ湖の岸で貝殻を見つけたことを思い出しました。

シャチ

海の生態系の頂点に君臨するシャチ。
今日も釧路沖で悠然と泳いでいるでしょうか。
アイヌの人たちも海を代表する神をシャチとし、レプンカムイ「rep-un-kamuy(沖・にいる・神)」とか、アトゥイコカムイ「atuy-kor-kamuy(海・を支配する・神)」と呼びました。
19歳で亡くなった知里幸恵の著書『アイヌ神揺集』の中には「シャチが自らをうたった謡」が残されています。24人のシャチ家族の末の弟が親子のクジラを射止め、飢饉に襲われた人間の村に届けるという物語です。
巨大な食料(クジラ)を村に届けてくれるシャチを、アイヌの人たちは獲物として獲ることはなかったそうです。尊い神だったのですね。

シラカバ

ほんのり甘いシラカバの樹液。商品としても販売されていまが、樹液採りの時期は今が旬ですね。

 アイヌ語では、シラカバの樹液をタッニワッカ「tatni-wakka(樺の木・水)」と呼び、容器に受けて飲んだりザゼンソウの葉を煮詰めて食べたりしたそうです。また、樺太では樹液にキハダノ実、またはクロミサンザシの実を入れてお酒も作ったようです。

 明治政府の同化政策によって禁止されましたが、かつてのアイヌの女性が施した刺青は、シラカバの樹皮を焚いて取った油煙を利用したそうです。

 他のカンバと区別するために、シラカバはレタッタッニ「retar-tat-ni(白い・樺皮・木)」とか、キタッニ「kitat-ni(光る樺皮・木)」と呼ばれました。

2015/4/14号掲載